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2024.06.27

輪和の雑学

お助け普請

中西春代です。

前回のブログでは輪和建設業者会の研修旅行について二日間の流れを記しました。

今回は、一日目に訪れた河野北前船主通りを取り上げます。

この通りにある、北前船の船主として財をなした右近家中村家は、船主としての運送だけでなく、問屋商人として成功を収めています。

特に北海道で漁獲されたニシンは食料以外に、油の搾りかすを畑の肥料として売ることにより大きな利益を上げました。

日本海に面する兵庫京都では綿の生産量がこの肥料によって収穫量が増え、綿の栽培から織物までの一大産業として富をもたらします。

しかし、電報の普及により、地方の価格が商人に早く知れることになり次第に利益は上がらず問屋商人としての地位は揺らいでいきます。

そのころ、船の事故による損失で事業が傾く事のないように、船主が損害保険の仕組みを作り上げ、右近家の10代目右近権左衛門が日本海上保険(現在の損保ジャパン日本興亜の全身)を設立します。

このように、時代の流れをつかんで社会に貢献することにより事業を拡大されていきました。

右近家は福井に住まいを残し、芦屋に拠点を移していましたが、昭和10年の大不況のとき村人の働き口を創るために、母屋の敷地内に別荘を建てました。

この工事が二年間続き、村の生活を支えお助け普請となりました。

母屋から105段の階段を登る見晴らしの良い場所で、一階はスパニッシュ様式、二階はスイス風と趣向を凝らした建物となっています。

私たちが訪れた日は日本海ではめったにない風のない暑い日でしたが、石積みの階段やお庭の手入れをしてくださっている方がおられ維持管理のご苦労を思いました。

次の写真の窓の外に見える石積みの石は村の女性が背中に背負って運ばれたそうです。

足場も整備されていない工事現場を105段の高さを往復された様子を想像し、女性の逞しさと不況の中を生き抜いた人々に頭が下がります。

内装はアイアン・タイルと目の見張るものばかり。

下の写真の木目に見える床材は石です。

名建築を見ることはその家主と地域、歴史を知ることでもあり、人として学ぶことが多くあります。

一人の成功が地域を救う力となる。

そして地域の誇りとなる。

輪和建設は足元にも及びませんが、微力ながらも社会に貢献できるよう精進してまいります。

 


「吉野の木を伝統技法で建てる工務店」輪和建設株式会社では、永く健やかな暮らしを求め、自然素材にこだわった奈良の木の家づくりをしています。
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