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2020.01.25

社長ブログ

若草山 山焼き

 

今日は「若草山の山焼き」でした。

というか全く知らなかったのですが、社員が騒いで

いて気が付きました。

私が座っている横の窓からとった写真ですが、アピタ

の明かりがやや邪魔ですが右の方がその炎です。

今年はよく燃えているようですね。

 

ところでこの「山焼き」何が起源かと思って調べて

みると(案内ばかりでなかなか出てきませんでしたが)

 

若草山の三重目の頂上に「鶯塚古墳」という大きな

お墓があってこのお墓から幽霊が出て、山を焼くと

この幽霊が出なくなるらしい、また翌年の1月までに

焼かないと良くないことが起きるといった迷信が続

いて人が勝手に火をつけるようになった。

そこで近隣の寺や神社へ火が燃え広がるなどの危険

が絶えなかったために東大寺・興福寺と奈良奉行所

が立ち会って山を焼くようになったという説が書か

れています。

山焼きの起こりは鶯塚の霊魂を鎮めるための祭礼、

供養のためということです。

こんな話は初めて聞きました。

 

さらには山を焼かないと牛鬼という妖怪出るという

文献もあるようです。

山頂には前方後円墳があって「ウシ墓」と呼ばれて

いたそうです。

 

しかし、こんな話も掲載されています。

東大寺東南院の僧が葛山山頂にお堂を建てたところ

興福寺の衆徒がこれをこれを破壊し、山を焼くとい

うことが起き、その後両寺が土地の帰属をめぐって

争いが起きてそのたびに山に火が放たれたようです。

そしてこの争いは思いがけない副産物を生みました。

ワラビやゼンマイが群生し、飼料になる草が繁茂す

るようになりました。

周辺の住民にとっては「これ幸い」です。

冬に野焼きをすれば若菜は良く育つのでそれから密

に山に火が放たれることが繰り返されたようです。

それになんだかんだの理由を付けたのが幽霊や牛鬼

だったのでしょう。

 

とはいえ、勝手に山焼きをされては周辺の寺社・仏閣

はたまったものではありません。

そこで、東大寺と興福寺の境界争いを奈良奉行所が調停

して正式に「山焼き」という行事になったようです。

 

何が真実かはわかりませんが、全国には意外な起源の

ある行事はたくさんあるのでしょうね。